日々の出来事とか聖書とか

思い切った決断

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結構ご無沙汰してます。

この間に引っ越したりとか色々してたんですが、
変えてない(というより踏み出せてない)事として、引越し後の教会探しがあります。

家の近くにあるんですが、前までいた教会とは雰囲気とかが違って踏み込めないところがあり。。。

神様に任せて飛び込むことも大事ですよね〜
明日行こう、「できれば」なしで笑

新しい目

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あなたがたは、さきの事を思い出してはならない、 また、いにしえのことを考えてはならない。 見よ、わたしは新しい事をなす。 やがてそれは起る、 あなたがたはそれを知らないのか。

昔は自分勝手に先もわからないまま進んでたけど今はそうじゃないんですよね
御言葉を持ってまっすぐ進むようにしたいものです。

苦しい時の神頼み


救出作戦 | デイリーブレッド公式サイト

「苦しい時の神頼み」なんてことわざありますけど人と違って神様は何らかの形で助けてくれると信じてます。

因みに「苦しい時の神頼み」って本当は疎遠だった人に苦しい時だけ頼むという意味らしいですねー

自分もうまくいってるときは神様の事を忘れがちなところありますがそうならない一年にしたいです。

 

小さな始まり

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2023年始まりましたねー

元旦実家に戻る予定でしたが弟がコロナに罹り帰省できませんでした😢
(弟は軽症らしいのですぐ治るでしょうが両親は医療人なので収入面にも影響がないかちょっと心配ですが。。。)

そのため昨日今日は妻と娘(あとわんわん)でおせちを突いたり元日礼拝へ行きました。

本題。イエス様の人生は寄宿先の馬小屋で始まり、人々のために自ら低くし福音を伝え、罪人のために亡くなられました。
エス様が来られることは旧約聖書の中でも所々示唆されていて今回の箇所もその一部なんだろなと思います。
新旧通じて一貫した神様の壮大な計画を感じました。

僕はまだ神様のことを知らない

映画のタイトルみたいですね笑

 

聖書は新約旧約を通して神様、そしてイエスキリストを証する唯一の本と僕は信じてますが、

中心軸が神様と人間の故か「この時ってどうなるの?」って思う時がしばしばあります。

例えば「生まれたてで亡くなっちゃった赤ちゃんは地獄に落ちてまうん?」とか、「動物は死んだらどうなるの?」とかは僕が質問されたら困っちゃいますね笑

例えばそれに対して聖書の中の御言葉を持ってきて「信じてないんだから地獄へ行くのは当たり前」とか「人間だけ特別だから動物の魂は消滅する」とかバッサリ斬るのは聞いた人は絶対クリスチャンになりたいなんて思わないと思いますし、神様を人の理解の中の有限な存在にしてしまうように思います。

逆も然りで聖書を文脈なしで好きに解釈して「だ〜いじょうぶ!神様は愛ある方だから信仰持たない人間でもなんでもなんやかんや救われるよ!」というのもまた、「なら別にクリスチャンにならずに罪まみれな人生を送ってもええやんけ」となると思います。そしてそれもまた自分の中の神様像の神様に過ぎないと思います(聖書では神様が罪へ厳しいことを示す箇所もあったりします。それもまた罪深い人間への愛だと思んでないがしろにしてはいけないのではと思うんですが...)

 

僕が仮に上の質問おみまいされたら「う〜ん。。聖書にはこれこれこう書いてあるっぽくて諸説あるけどはっきりしないことは結局全部神様の次第、だからわがんね!」って逃げちゃうのかなと思います

 

まず僕が聖書そのものを神学に詳しい牧師先生ばりに深く読んで詳しいわけじゃないのでいい加減なこと言う度胸はないですし、色々な角度の神様観があるのでズバリこれと言わないようにするかなと思います。

あとは主流の解釈だと精神的に辛い時は神様は有限でない方であり、自分に良きようにしてくださる方であると自分に言い聞かせてる部分もあるのかもしれませんね〜

ただ当然自分はこう思うというのは言うときありますし、誰かが良くないことしててそれをクリスチャンとして良くないと指摘することは勇気を持って言うべきだと思います。

 

書いててクリスチャンとしてまだまだだなと思いますが(ゴールなんてないと思いますが...)こう解釈することに自分の理解を超えた神様の存在の認識があるのかなと思います。

愛し仕えること

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"イエスは彼に言われた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』
これが、重要な第一の戒めです。
『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。
この二つの戒めに律法と預言者の全体がかかっているのです。」"
マタイの福音書 22章 37〜40節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

 

この通りだと思います。

誰かを愛し仕えるということは大変だし、裏切られるし報われないこともありますが、人間として一番喜びある行為なのかなって思います。